赤楚衛二さんの父親は一体どんな人なのでしょうか。
“イケメン俳優”として人気急上昇中の赤楚衛二さんですから、「お父様もイケメン!?」と期待している人も多いのではないかと思います。
結論から言うと、お父様も超絶イケメンです。職業や経歴がとにかく凄すぎます!
ということで今回は赤楚衛二さんの父親が一体どんな人なのか、赤楚衛二さんが語るお父さんとのエピソードも含めつつご紹介していきたいと思います。
赤楚衛二の父親はどんな人?【画像】

出典:https://talent.thetv.jp/person/2000009663/
赤楚衛二さんの父親の名前は赤楚 治之(あかそ なおゆき)さんといいます。
画像はこちらです。

やはり親子ですね。赤楚衛二さんと顔の作りが似ています。
雰囲気も知的で、凛々しいお父様ですよね。
それもそのはず、父・赤楚治之さんの職業がすごいんです!
赤楚衛二の父親の職業

赤楚衛二さんの父親の職業ですが、2020年4月からなんと名古屋学院大学の学長に就任されています。任期は2023年3月までの3年間とのことです。
大学の学長って凄すぎですよね。。。
また、名古屋学院大学のホームページには赤楚衛二さんの父・治之さんの「受験生の皆様へ」学長メッセージという動画が掲載されています。
動画でみると、より赤楚衛二さんのお父様の凛としたお人柄が伝わってきます。
さらに驚きなのが、息子である赤楚衛二さんも名古屋学院大学出身ということ。
赤楚衛二さんは自身が通っていた大学について公表されていません。
ですが、2013年に赤楚衛二さんが受けたサマンサタバサのメンズモデルオーディションにおいて、
同じ大学に通っている友人と思われる方がTwitterで応援したことにより判明しました。
ちなみに赤楚衛二さんは2015年に現芸名に改名する前は「赤楚 衛(あかそ まもる)」名義で活動されていました。


学部は不明ですが、お父様が同校で働いているという影響もあって名古屋学院大学に進学した可能性はかなり高そうですよね。
赤楚衛二さんもお父様が学長に就任されたというのは、とても誇らしく思っているのではないでしょうか。
赤楚治之さんの経歴
赤楚衛二さんの父親・治之さんは経歴も凄いです。

最終学歴はウィスコンシン大学マディソン校言語学科の修士課程となっており、
日本では同志社大学大学院文学研究科 英文学専攻博士課程前期を修了されています。
まさに言語学のエキスパートです!

また、職歴の方は1989年に名古屋学院大学の外国語学部講師になってから、外国語学部長→大学院外国語学研究科長→学生部長を歴任され、31年の歳月を経て2020年4月に学長に就任。
名古屋学院大学一筋ですね。
ちなみに赤楚治之さんは1959年大阪府守口市生まれですが、赤楚衛二さんは1994年愛知県名古屋市生まれ。
赤楚衛二さんが生まれた頃にはお父さんはすでに名古屋学院大学の講師だったということですね。
赤楚衛二さん、こんな凄い経歴の父親がいる中でよく自分のやりたいことを貫いて芸能界の道に進めたなぁと感心してしまいました。
赤楚衛二の父親のエピソード

ここまで凄い経歴を持つ父親がいる家庭って一体どんな感じなんでしょうか。気になりますよね。
赤楚衛二さんが語るお父様のエピソードを見てみましょう。
勉強には厳しかった
やはり父親は大学の講師、勉強には厳しかったそうです。
言語学の研究者で、勉強には厳しい父でした。僕が小さい頃はリビングにもあまり出てこなくて、自室にこもっている時間が長かった。2、3歳のころ、海外の学会に連れられていったこともあります。
朝日新聞デジタル
2、3歳の頃に海外の学会に連れられていくって…
赤楚衛二さんはほぼ覚えてないでしょうけど、普通の家庭ではなかなかない凄い経験ですよね。
宿題についても溜めることは許されなかったそうです。
そうしてずっとゲームをやっていると、父親に「宿題をやりなさい!」って怒られるんです(笑)。
ー(笑)。宿題を溜めるというより、怒られた結果、毎日やっていた?
はい。溜めさせてもくれなかったです(笑)。そこは厳しかったですね。
livedoorNEWS
わかっているんだけど宿題より先にゲームをやってしまう気持ち、とても共感できます(笑)
でも言われたらちゃんと毎日宿題をやる赤楚衛二さん。とてもいい子で可愛いです。
将来の進路について

赤楚衛二さんは父・治之さんから「将来はどうするのか」とよく聞かれていたそうです。
それをよく聞いてくるということは、父・治之さんは内心「今のままじゃダメだぞ」と思っていたのではないかと思います。
親なら子供の進路は当然気になりますし、それが成功するかわからない芸能界という道なら尚のこと心配になると思います。
ただ、最終的には芸能界を目指す事について反対されることはなく、やりたいことをやりなさいという教育方針だったようです。
ーー 赤楚さんは2013年にサマンサタバサのメンズモデルオーディションでグランプリを受賞されました。それから現事務所に所属されて、俳優としても活動されてきているわけですが、何かのインタビュー記事で、ご両親も今のお仕事を喜んでいたと読みました。てっきり応援してもらっていたのかと。
はっきりと反対されてはいないんですけど、父には「将来はどうするんだ」みたいなことはちょいちょい聞かれていたので、本音ではダメなんだろうなと感じていました。サマンサタバサのオーディションから東京に縁ができなかったら、辞めていたと思いますね。
ーー 上京することになって、ご両親を説得されたのでしょうか。
芸能界の仕事をしたいという説得というより、「東京に行かせてください」という決意表明ですかね。反対はされませんでした。「お前がやりたいことを見つけたなら、それでいい」と認めてもらって、僕も迷いを乗り越えられました。
M-ON! Press
メンズモデルオーディションでグランプリを取るという目に見える結果を残したからこそ、反対されず、逆に応援されるという方向に変わったのかもしれませんね。
今現在は赤楚衛二さんの活躍を喜んでいる父・治之さんですが、以前「子どもは思うように育たない」という発言をされていたそう。
最近、父が、「子どもは思うように育たないな」と笑っていました。
朝日新聞デジタル
なので、元々は赤楚衛二さんも自身のように学者・研究者の道に進んで欲しいと思っていたかもしれませんね。
吉川晃司のファン
赤楚衛二さんの父・治之さんは吉川晃司さんのファンだそうです。
子供の頃からお父さんとよく一緒にライブのDVDを見ていたんだとか。
そんな赤楚衛二さんは2020年に6月23日に放送された吉川晃司さん主演のミステリードラマ『探偵・由利麟太郎』の第2話に出演され、初共演を果たしました。
赤楚衛二さんが吉川晃司さんと共演するということを知った時、一番喜ばれたのはきっとお父様でしょう。
──吉川晃司さんとの初共演はいかがでしたか?
父が吉川晃司さんのファンで、子どもの頃からよく一緒にライブのDVDを拝見していたんです。足を高く上げてドラムのシンバルを蹴るステージ・アクション、シンバルキックも「これがかっこいいんや」って語っていて。
──お父さまも喜ばれたのではないですか?
共演することを父に報告したら、「撮影現場の場所教えてくれ」と言われました。さすがに父親を連れてはいけないのでダメだと断りましたけど。「じゃあテレビで見るわ」と、不満そうにしていました(笑)。
Lmaga.jp
今までは割と学者・研究者の父というイメージ通りの内容のエピソードでしたが、とてもチャーミングな一面があるというのが垣間見えますね。
これからも俳優の道で活躍していくこと間違いなしなので、また吉川晃司さんと共演する機会がありそうです。
いつか父・治之さんも吉川晃司さんに会えるといいなぁ〜と思わせてくれるほっこりエピソードでした。